ながらづか
高山塚1号墳とも呼ばれ大塚山古墳群として国史跡に指定されています。中良塚の名は「穴闇の塚」を意味する「なぐらづか」がなまって中良塚となったとされ、穴闇(なぐら)と呼ばれるこの地域は古代の「倉」にちなむ名前と考えられています。周辺で長倉寺と銘のある瓦も出土しており、このあたりに大和川を通じて運び込まれる物資の集積場があり、川合大塚山古墳群の被葬者達は「倉」の管理を職掌していた可能性も考えられています。墳丘上に簡単に上れますが、あまり高くないので周囲の住宅街にさえぎられ、近くの川合大塚山古墳がわずかに見える程度です。写真の埴輪片は河合町中央公民館で展示されています。この中央公民館は河合町の古墳巡りの際にはお薦めの隠れスポットです。(事前申請が必要です)
おすすめ度(☆3.5)
★所在地:北葛城郡河合町穴闇(なぐら)
★墳形:前方後円墳。前方部を北に向ける。全長88m、後円部径45m、後円部高6.5m、前方部幅50m、前方部高6.5m。西面は比較的元の形を残していますが,東面や墳頂部は改変が著しく、周濠跡は西面は残りは良いが、多くは道路や民家などで改変されています。墳丘は2段築成、テラスに円筒埴輪列が巡り、斜面部に葺石あり。
★埋葬施設:粘土槨があったと思われます。
★出土遺物:円筒埴輪、朝顔形埴輪、家形埴輪、盾形埴輪、蓋(きぬがさ)形埴輪、須恵器
★築造年代:5世紀後半
★発掘調査:本格的な調査は未だ。測量と周濠の一部のみ調査。
★被葬者:?
【参考文献】
・大和葛城の大古墳群 馬見古墳群(河上邦彦氏)
・大和の古墳Ⅰ 馬見丘陵の古墳(吉村公男氏)
行き方