てらさき しらかべづか
墳丘北側の斜面をカットし墳丘が作られています。コの字型の掘割りが巡り風水の思想が入った古墳と言われています。南面に開口し石槨部は床石以外は飛鳥石の切石で両側壁、奥壁、天井が1枚、床面は2枚の石で構成されています。石材の隙間には漆喰が残っており今も見ることができます。近年開口部に扉がつけられ入室出来なくなったのが残念ですが、それでも扉越しに見ることができます。墳丘上からの素晴らしい眺望も魅力の一つです。
おすすめ度(☆4.0)
★所在地:高市郡高取町寺崎
★墳形:方形墳(一辺約35m、高さ11m)3段築成?。墳丘北側の斜面をカットし幅7m、深さ2mのコの字型の掘割りが巡り風水思想が入った古墳である。
★石室:全長11mで南面に開口し石槨部は床石(凝灰岩製)以外は飛鳥石 (石英閃緑岩)の切石を組合わせた横口式石槨で長さ2.8m、幅1.1m、高さ0.9mで両側壁、奥壁、天井が1石、床面は2石で構成されている。前室と羨道部は長さ8.2m、幅1.6~1.9m、高さ1.6mで前室内の床面に榛原石が散乱していたが人工的に加工された痕跡があるが細片であり石槨の扉石というより前室床面に敷かれていた敷石の可能性が高いとの調査結果である。尚、石材の隙間には漆喰が残っており今もよく観察出来る。
★棺:不明
★出土遺物:石槨内からの遺物は皆無で中近世の遺物が出土し前室内からは中世の遺物に混ざってミニチュア炊飯具の鍋、追葬時の木棺の物と思われる鉄釘、羨門付近から羨道を埋めるときに意図的におかれたと思われる土師器やミニチュア竈の破片が出土。
★築造年代:7世紀中頃
★発掘調査:1996,1998,1999,2000,2002年
★被葬者:渡来系氏族、東漢氏の首長墓
【参考文献】
・寺崎白壁塚古墳発掘調査報告書(高取町教育委員会)
・大和古墳墓取調書(野淵龍潜氏)
メモ
①2008年3月に高取町教育委員会は墳丘の形は過去6次にわたり調査では明らかではなかったが調査を取りまとめた結果、墳丘の北側と南側の計2か所で、裾に角があった事などが判明し延長線を結ぶと八角形に復元できる可能性が出てきたと発表した。
②八角墳が最初に採用された桜井市の舒明天皇陵の段ノ塚古墳(7世紀前半)同様、墳丘前方の斜面が台形の基壇状になっている。