いけだ
現在この古墳群は領家1号墳を除き調査後は埋め戻され、上に公共施設が建てられており見ることが出来ません。出来れば高田市教育委員会発行の「池田遺跡」関係の調査報告書を持参の上、調査された周辺をイメージを膨らませながら見るのがいいでしょう!
おすすめ度(☆2.5)
★ 所在地:大和高田市池田
この古墳群は馬見丘陵の南端付近に位置し、すぐそばに領家山と呼ばれている丘陵があり、1955年、丘の北側で道路を造成中、近くの陵西小学校の児童二人が粘土を取りに行った際に、崩れ落ちた土魂の中から鶏頭埴輪を発見。この事を当時市立高田中学教諭であった網干先生の知るところとなり、専門誌に紹介され、当時から周辺に埋没古墳の可能性を指摘されていました。その後1990年代に、領家山の北西部一帯の公共施設建設に伴う事前発掘調査が実施されました。この時、1基(領家山1号墳)を除き、調査区だけでも円墳1基、方墳9基、前方後円墳(全長50m)1基の計11基の埋没古墳が見つかっています。出土品としては円筒形、朝顔形、きぬがさ形、盾形、人物、鶏形、馬形の埴輪及び木製の笠形埴輪、須恵器が見つかっています。埴輪は5世紀から6世紀にかけてのもので、又1955年に見つかった鶏頭埴輪もこの古墳群の埴輪の可能性が高いと考えられています。尚、この古墳群で唯一以前から存在が知られる「領家山1号墳」と呼ばれる古墳は、墳丘がかなり削られ墳形もわからなくなっていましたが、周濠部が調査され径20mの円墳と判明しました。出土品として周濠部から円筒形、朝顔形、家形、きぬがさ形の埴輪が見つかっています。尚、葺石は他の池田古墳群の古墳同様、無かったと考えられています。下の写真は領家山1号墳です。
【参考文献】
・大和葛城の大古墳群 馬見古墳群(河上邦彦氏)
・大和の古墳Ⅰ 馬見丘陵の古墳(吉村公男氏)
行き方