1985年「宅地造成の邪魔」として故意に破壊され(販売元は大手メーカーのSハウス)当時、大きな社会問題となり、その後に、この場所に復元されています。しかしながら石材は残っていたわけではなく同じ種類の榛原石が使われ復元されています。復元された事はいいとしても昭和の古墳でしかありません。上手に復元されていますが、到底1400年の重みは再現出来るものではありません。数少ない磚積式石室だっただけに惜しまれます。昔あった解説板も今は無く、これまでの経過を書きとめ、二度とこんな事を繰り返さないよう文化財保護の精神を記した解説板が欲しいと思います。
以下いずれも破壊された元の奥之芝1号墳のデータです。
★所在地:(旧)榛原町福地字奥ノ芝 (現)宇陀市榛原ひのき坂
★墳形:尾根の斜面に大きな穴を掘り下げ石室を構築していました。
★石室:両袖式横穴式石室(全長6.3m、玄室長2.56m、幅1.2m、高さ1.5m、羨道3.75m、幅1.05m。榛原石を使った磚積式石室 (漆喰なし)で流紋岩質凝結凝灰岩(通称、榛原石)をレンガのような形に割り、積み上げています。
★棺:不明(明治時代に持ち出したとの言い伝えがあります)
★出土遺物:須恵器と土器片が一点ずつのみ
★築造年代:7世紀中ごろ
★発掘調査:1971年
★被葬者:不明
【参考文献】
・宇陀福地の古墳(橿原考古学研究所)
・近畿の古墳文化(泉森皎氏)
・大和古代遺跡案内(泉森皎氏)
・大和の古墳を語る(伊藤勇輔氏ほか)
・日本の古代遺跡 奈良中部(寺澤薫氏)
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